東京高等裁判所 昭和41年(ネ)2773号 判決 1969年3月06日
控訴人・被告 神舎強 外一名
訴訟代理人 帯野喜一郎
被控訴人・原告 渡辺章吾
訴訟代理人 林貞夫
主文
原判決を取り消す。
被控訴人の請求を棄却する。
訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。
事実
一、当事者双方の申立
控訴代理人は、主文同旨の判決を求め、被控訴代理人は、控訴棄却の判決を求めた。
二、被控訴代理人の主張
(一) 請求の原因
(1) 被控訴人は、昭和四〇年一二月二〇日甲府地方裁判所昭和四〇年(ケ)第二〇号不動産任意競売事件につき、原判決添付甲号目録記載の土地の所有権を競落により取得し、昭和四一年二月九日被控訴人名義に所有権移転登記を経由した。
(2) 控訴人神舎は、同甲号目録第一記載の土地上に同乙号目録第一記載の建物を、同甲号目録第一、第二記載の土地上に同乙号目録第二、第三記載の建物を、所有している。
(3) 控訴人柿島は、同乙号目録第一ないし第三記載の建物(以下本件第一ないし第三の建物と称する)に居住して、同甲号目録第一、第二記載の土地(以下本件第一、第二の土地と称する)を占有している。
(4) よつて、控訴人神舎に対して右建物収去、同柿島に対して右建物退去ならびに、それぞれ右土地明渡を求める。
(二) 控訴人らの抗弁に対する答弁
(1) 本件第一、第二の土地および本件第一ないし第三の建物がいずれも神舎稔の所有であつたことおよび控訴人神舎がその主張の日神舎稔から本件第一ないし第三建物を買い受けて所有権移転登記を経たことは認めるが、控訴人柿島が控訴人神舎から右建物を賃借していることは否認する。
(2) 控訴人神舎が神舎稔から本件第一、第二土地上の本件第一ないし第三建物を買い受け右土地の賃借権を取得したとしても、これに先立つ昭和四〇年五月一〇日右土地につき抵当権実行による競売申立登記がなされており、したがつて、右土地賃借権の設定は右土地について差押による処分禁止の効力が生じた後であるから、控訴人神舎は右賃借権をもつて競落人たる被控訴人に対抗しえないのみならず、これに代わつて法定地上権が成立する余地もない。
(3) 神舎稔は、さきに本件第一、第二土地上に(イ)木造瓦葺平家建工場一棟建坪一六一・一五平方メートル(四八坪七合五勺)および(ロ)木造セメント瓦葺平家建便所一棟建坪一・六五平方メートル(五合)を所有し、これにつき保存登記を了していたが、昭和三四年中に右建物を全部とりこわしながら、その滅失登記手続をすることなく、昭和三八年頃本件第一、第二土地上に本件第一ないし第三建物を建築所有し、これについて所有権保存登記もされなかつたところ、控訴人神舎が右建物を取得した際、前記(イ)および(ロ)の建物について売買がなされたものとして同控訴人に所有権移転登記がなされ、その後昭和四二年六月二〇日にいたり、右滅失した建物の登記がなお残存しているのを利用して、(イ)の建物につき昭和三八年七月一〇日一部取毀を原因としてその建坪を三三・二一平方メートル(一〇坪六勺)と、(ロ)の建物につきこれを分割してその構造を木造瓦葺平家建として、更正登記がなされたものであり、したがつて、本件第一ないし第三建物は右登記された建物と同一性を有せず、本件第一ないし第三建物はその登記を欠くものというべきであるから、控訴人神舎はその敷地の競落人たる被控訴人に対して法定地上権を対抗しえない。
(4) かりに、前記(イ)および(ロ)の建物と本件第一ないし第三建物とが同一性を失つていないとしても、本件各建物は、当初甲府市青沼町一四九番地、ついで昭和四〇年九月一日からは同市青沼二丁目三〇二番地に所在するものとして登記され、昭和四二年六月二〇日にいたつて、漸く本件第一、第二土地上に所在するものとして更正登記がなされたものであり、したがつて、本件各建物は、神舎稔が本件第一、第二土地について抵当権を設定した当時および被控訴人が右土地を競落取得した当時登記簿上本件第一、第二土地上に存在するものとはされていなかつたのであるから、本件各建物のため右土地上に法定地上権が成立するによしなく、また、その後右のように更正登記がされてはいるが、右登記が本件建物についてなされたものといいえないこと前記のとおりである以上、これにより法定地上権が成立しないことにかわりはない。
三、控訴代理人の主張
(一) 請求の原因に対する答弁
被控訴人主張の請求原因事実は、すべて認める。
(二) 抗弁
本件第一、第二土地およびその地上の本件第一ないし第三建物はいずれも神舎稔の所有であつたところ、同人は昭和三九年六月九日右各土地につき大和商事株式会社に対して根抵当権を設定したが、控訴人神舎は、昭和四〇年一〇月一〇日稔から本件各建物を買い受けるとともに、本件各土地につき賃借権の設定を受け、右同日控訴人柿島に対して右建物を賃料一か月七〇〇〇円の約で賃貸し、同年一一月九日控訴人神舎名義に右建物の所有権移転登記を経由したものであり、被控訴人の本件土地競落取得により、控訴人神舎の本件土地賃借権は消滅するが、同時に同控訴人のため本件土地について法定地上権が成立するから、同控訴人は右法定地上権をもつて被控訴人に対抗しえ、同控訴人から本件建物を賃借する控訴人柿島も適法に本件土地を占有しうる。
(三) 抗弁に対する答弁についての反駁
(1) 控訴人神舎が神舎稔から本件第一、第二土地の賃借権の設定を受けた時期が右土地について競売申立登記のなされた後であることは認めるが、右土地の競落の場合、法定地上権は右土地賃借権と関係なく成立しうるものというべきである。
(2) 神舎稔は、昭和三八年七月一〇日頃被控訴人主張の(イ)および(ロ)の建物を一部とりこわして、本件第一ないし第三の建物としたところ、その後控訴人神舎の右建物買受後、これについて昭和四二年六月二〇日被控訴人主張のとおりの更正登記がなされたものであり、右(イ)および(ロ)の建物と本件第一ないし第三建物とは同一性を失つていないから、本件第一ないし第三建物について登記を欠くものとはいえない。
(3) 本件第一土地は、昭和四〇年九月一日町名地番変更前は、登記簿上甲府市東青沼町一四九番の一三宅地一〇五坪のうちの一部であり、本件第二土地は、同じく同町一四九番の一五宅地七五坪であつたところ、右同日の町名地番変更にあたり、右土地上の本件第一ないし第三建物(右同日前は登記簿上前記(イ)および(ロ)の建物)の所在地番の表示が、登記官吏の過誤によつて、同市東青沼町四九番の一の新地番である同市青沼二丁目三二〇番と記載され、したがつて、本件各建物は登記簿上本件第一、第二土地上に存在しないこととなつたが、右記載は明白な誤謬によるものであつたため、昭和四二年六月二〇日被控訴人主張の更正登記に際して、本件第一建物の所在地番の表示が本件第一の土地、本件第二、第三建物の所在地番の表示が本件第一、第二の土地と更正されたのであり、被控訴人は、本件第一、第二土地の競落にあたつて、右土地上に本件第一ないし第三建物が存在していることを了知していたものである。
四、証拠
被控訴代理人は、甲第一号証を提出し、当審証人梶原武雄の証言を援用し、乙第四号証の成立は不知であるがその余の乙号各証の成立を認めると述べ、控訴代理人は、乙第一ないし同第八号証を提出し、当審証人神舎稔および同浅川洸の各証言を援用し、甲第一号証の成立を認めると述べた。
理由
被控訴人主張の請求原因事実は、すべて当事者間に争いがない。
控訴人らは、本件土地の占有権原について、控訴人神舎は法定地上権に基づいて本件土地上に本件建物を所有し、控訴人柿島は控訴人神舎から本件建物を賃借しているものであると主張するから、この点について判断する。
本件土地およびその地上の本件建物がいずれももと神舎稔の所有であつたところ、同人が昭和三九年六月九日大和商事株式会社に対して本件土地につき抵当権を設定したことならびに控訴人神舎が昭和四〇年一〇月一〇日神舎稔から本件建物を買い受け同年一一月九日同控訴人名義に所有権移転登記を経由したことは、当事者間に争いがなく、被控訴人がその後昭和四〇年一二月二〇日本件土地を競落取得し昭和四一年二月九日被控訴人名義に所有権移転登記を経由したことは、前記のとおりである。このように、同一所有者に属する土地およびその地上建物のいずれか一方について抵当権が設定された場合には、競売の場合につき法定地上権が成立することは、民法三八八条の規定するところであり、また、右抵当権設定の当時において土地およびその地上建物が同一所有者に属する場合には、その後両者がその所有者を異にするにいたつても、競売の場合につき法定地上権が成立するものというべきである。(大正一二年一二月一四日大審院連合部判決。民集二巻六七六頁)。そうとすれば、本件においても、被控訴人の本件土地競落取得とともに控訴人神舎のため本件土地について法定地上権が成立すべき場合にあたるものということができる。
ところで、被控訴人は、控訴人神舎が本件建物買受に際して本件土地の賃借権を取得したとしても、その時期は本件土地について競売申立登記がなされた昭和四〇年五月七日の後であるから、右土地賃借権の設定は処分禁止の効力に牴触して無効であり、したがつて、これに代わつて法定地上権が成立する余地がないというから考える。当審証人神舎稔の証言によれば、控訴人神舎は神舎稔から本件建物を買い受けるとともに(右買受の日は、前記のとおり昭和四〇年一〇月一〇日である。)、同人から本件土地を賃借したことが認められ、そうとすれば、同人の右土地賃借権の設定は右土地について競売申立登記のなされた同年五月七日に後れることが明らかである。したがつて、右土地賃借権の設定が競売申立登記による処分禁止に牴触することは被控訴人の主張するとおりである。しかし、法定地上権は、抵当権設定当時当該土地およびその地上建物が同一所有者に属していた事実がある場合に土地または地上建物の競売によつて当然に成立するものであつて、右のように、抵当権設定後競売の時までに土地と地上建物とがその所有者を異にするにいたつた場合競売により成立する法定地上権は、建物所有者が土地所有者から設定を受けていた土地利用権とはなんらの関係もないのである。むしろ、法定地上権は、建物のための土地利用権を存続せしめようとする抵当権設定当事者の意思の推測にその根拠をおくものであつて、同一所有者に属する土地および地上建物のうち土地のみについて抵当権が設定された場合には、将来抵当権の実行によつて右土地が第三者の所有に属する結果土地所有者と建物所有者が異なるにいたることが当然予定されているのであり、このような場合、わが民法は、いわゆる自己借地権すなわち自己の所有地に対する自己のための借地権の設定を認めることなく、競落によつて所有者が異なるにいたつてはじめて建物所有者のため地上権を設定したものとみなして、建物の存立を維持し、もつて抵当権設定当事者の意図し予期するところを実現しようとするものである。そうであるとすれば、土地および地上建物の所有者が土地について抵当権を設定したことにより、土地所有権はすでに潜在的には土地利用権をになつており、右利用権は建物所有権とその帰趨を共にする存在となつたものというべく、したがつて、その後土地について競売申立登記がなされ処分禁止の効力が生じたとしても、土地利用権になんら影響を及ぼすものではないというべきである。このように解しても、すでに土地について抵当権を設定する当時、将来地上建物所有のための土地利用権によつて制限を受けることを当然に予期していたというべき抵当権者もしくは競落人に対して、なんら不測の損害を与えるおそれはない。したがつて、控訴人神舎が神舎稔から本件土地を賃借した時期が競売申立登記に後れていたことをもつて、法定地上権の成立を妨げる理由とすることはできない。
次に、被控訴人は、本件第一ないし第三建物については、すでに滅失した建物について登記のみが残存しているのを利用して更正登記がなされたものであつて、実質的には登記を欠くものであるから、法定地上権をもつて競落人に対抗しえないという。しかし、右主張事実を認めるに足りる証拠はなく、かえつて、成立に争いのない乙第一ないし同第三号証および同第五号証ならびに当審証人神舎稔、同浅川洸および同梶原武雄の各証言によれば、神舎稔は、さきに本件土地上に木造セメント瓦葺平家建工場一棟建坪四八坪七合五勺(一六一・一五平方メートル)およびその付属建物として木造セメント瓦葺平家建便所一棟建坪五合(一・六五平方メートル)を所有し、構造および坪数を右のとおり表示した所有権保存登記を経ていたところ、昭和三八年頃までに、右建物を大部分とりこわして、現存する本件第一ないし第三建物のみを残したのであるが、昭和四〇年九月一日登記簿上構造を木造瓦葺平家建と変更し、被控訴人が本件土地を競落取得した後の昭和四二年六月二〇日にいたつて、前記工場建物につき、一部取毀を原因とする更正登記の方法により建坪を三三・二一平方メートル(これが本件第二、第三建物にあたる)とし、前記便所建物につき、これを分割して建坪を一・六五平方メートル(これが本件第一建物にあたる)としたことが認められる。したがつて、本件土地の抵当権設定当時においても、また被控訴人が本件土地を競落した当時においても、本件第一ないし第三建物について、その記載内容に事実と符合しない部分があるにせよ登記が存在したものというに難くないから、被控訴人の右主張は採用するに足りない。
さらに、被控訴人は、本件第一ないし第三建物はいずれも本件土地の抵当権設定当時および被控訴人が本件土地を競落した当時登記簿上本件土地上に存在していなかつたから、法定地上権は成立しえないという。成立に争いのない乙第一ないし同第三号証および同第五ないし同第八号証によれば、本件土地について抵当権が設定された昭和三九年六月九日当時は、本件第一ないし第三建物は登記簿上甲府市東青沼町二丁目一四九番地に所在するものとして表示されており、右地番の表示は、昭和四〇年九月一日町区域および名称変更前の本件第一、第二土地を表示するものと認められるから、右抵当権設定当時においては、本件建物は登記簿上も本件土地上に存在していたものということができる。しかし、被控訴人が本件土地を競落取得した昭和四〇年一二月一〇日当時、本件建物は、本件土地上ではなく、これとは別個の甲府市青沼二丁目三〇二番地上に存在するものとして表示されていたことが認められるが、右記載は、右乙号各証の記載および弁論の全趣旨に徴すれば、右町区域および名称変更に伴う変更登記にあたり登記官吏の過誤によつてなされたことを窺いうるのであつて、これを理由に本来当然に成立すべき法定地上権の取得を否定することは、法定地上権者たるべき者の利益を著しく害するものであつて、許されないところといわなければならないのみならず、土地競落人としても、当該土地の現況を調査すれば現に建物の存在することを容易に知りえたものであるから、土地競落の際の地上建物の登記について前記のような記載がなされていたとしても、これにより法定地上権の成立はなんら妨げるものではないと解すべきである。
してみれば、控訴人神舎は被控訴人の本件土地競落とともに当然本件土地について法定地上権を取得し、これをもつて被控訴人に対する関係で適法に本件土地を占有しうるものといわなければならない。
さらに、当審証人神舎稔の証言によれば、控訴人神舎は、神舎稔から本件第一ないし第三の建物を買い受けるとともに、これを控訴人柿島に賃貸したことが認められ、したがつて、同控訴人も控訴人神舎のための前記法定地上権の成立に伴い、被控訴人に対する関係で適法に本件土地を占有しうるものというべきである。
よつて、被控訴人の本訴請求を認容した原判決は失当であつて、本件控訴は理由があるから、民訴法三八六条により、原判決を取り消し、被控訴人の請求を棄却することとし、訴訟費用の負担につき、同法九六条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 三淵乾太郎 裁判官 園部秀信 裁判官 森綱郎)